<質問9> 自己血輸血で副作用はありませんか?

 他人の血液の輸血については、さまざまな危険性(副作用・合併症)が報告され ています。自己血輸血が安全とされますが、これには副作用・合併症の報告例はないのでしょうか?

<回答>

 当ホームページ<自己血採血申し込み・・>のメニューの中に「自己血輸血説明書・同意書」を掲げております。「説明書」の中で、自己血輸血のリスクに簡単ではありますが触れてありますので、そちらも参考にして下さい。

 過去の自己血輸血に関連したトラブルの報告例は、私の知る限り重篤なものはあり ません。重篤でないものの中の多くは、採取針刺入時の痛みや不安に伴う「血管迷走神経反射」に起因するもので、一時的な血圧低下・気分不快・ふらつきなどが主なもです。最近私は、駆血帯を締めただけで気分が悪くいと訴えた人を経験しました。こうなると「自己血採血の副作用」ではないですね。ちなみに、この方からも立派に2回分、合計800mlの採血と貯血ができました。

 医療サイドの不適切な操作に起因するものとして、(1)採血時の局所消 毒措置が不十分、(2)採取器具の無菌操作や保管管理が不適切、(3)自己血の保管状態が不適切、等の理由によって自己血が細菌などに汚染されたり、不純物が生じる可能性があり得ます。そのまま輸血しますと、発熱やアナフィラキシー様症状、蕁麻疹などが生じる可能性はあると思います。
 また自己血提供者の身体状況に依存するものとして、(4)採血に不適切 な状態に採血した場合、副作用の可能性があります。自己血採血が望ましくないような程度の貧血があった場合には、自己血採血によって貧血が増悪しそれに伴う諸症状が出現することが考えられます。採血前に発熱や下痢、特に一部の低温に強い細菌による腸炎があった場合、血液の中にいた細菌が自己血の中に混入し低温で保存中に増殖をして、輸血時には発熱やショック等の症状がでることも考えられます。
 これらは「考えられる可能性」であって、適切な無菌処置・保管管理・問診・診察によ って回避できるはずのものです。(過去に報告があったということではございません。)

 近年、自己血輸血後の急性肺障害が報告されるようになりました。原因は必要以上の輸血によるものとみられていて、循環血液量が増加することで、心原性の肺水腫および、呼吸障害が引き起こされています。これは自己血に限って起こるものではないのですが、外科術中術後の自己血輸血で発生しているとの報告があり、出血が少ないときの自己血輸血には注意が必要であるといわれています。



<質問10> 2500mlの出血に輸液のみで対応できますか?

 20歳男子の場合、手術中及び術後の大量出血(約2500ml)に際し、輸血をせず、すべて輸液(ソリタT3号)で代替することができるのでしょうか。できるとした場合、その使用するための条件及び輸血をした場合との差異をお教え下さい。

<回答>

<基礎代謝率>
 20才の男性を想定しますと、体重は60kgぐらいということにしましょうか。健康な 方で貧血はないとすると、血色素量(ヘモグロビン濃度)は15g/dl(デシリットル)ぐらいでしょう。この方の循環血液量は約4.5l(リットル)ぐらいと考えられます (体重の約13分の1)。手術時、体温37度の状態での基礎代謝率を考えますと、酸素消費量は3.6ml/min/kgと概算されます。60kgですから1分間に約220mlの酸素を消費する計算になります。

<酸素供給と消費>
 さて、ヘモグロビン1gは1.35mlの酸素を結合いたします。1分間の心臓からの血液 送量(心拍出量)は、正常成人で約5 lですので、心拍出量(5 l=50 dl)x ヘモグロ ビン濃度(15 g/dl) x 結合酸素量(1.35ml/g)=約1,000ml、すなわち、毎分1,000mlの酸素が全身に送られることになります。酸素を使い果たした肺動脈中の血液の酸素 飽和濃度は75%程度ですから、血液が全身を回り終えると、安静時で約25%の酸素が消費される計算になります。この酸素消費率は状況に応じて増加しますが、30%ぐらいまでが安全域と考えられています。つまり、酸素消費率30%ぐらいまでは身体にとってそれほどストレスがかかってはいない状態ということになります。

<出血と酸素消費>
 この人が、基礎代謝状態での酸素消費量220mlを維持するための最低ヘモグロビン量を 計算してみます。ヘモグロビン量(g/dl) x 酸素結合量(1.35 ml/g)x 心拍出量 (5 0 dl/min)x 0.3(安全な酸素消費率の上限)=220ml/min、この式よりヘモグロビン量は約11g/dlとなります。すなわち、ヘモグロビン15g/dlから11g/dlに低下する出血があっても、基礎代謝には全く影響がないということになります。このヘモグロビンの低下率は約27%ですので、循環血液量(4.5l)の約27%の出血(約1,200 ml)にあ たることになります。ここまでは、酸素供給上ほとんど問題がないということになります。実際には、出血があると心拍数が増加し心拍出量が増加しますので、これを上回る出血があっても酸素消費上は問題ないことになります。
 しかし、それほど話は単純ではありません。

<輸液での代替について>
 短時間のうちある程度以上の出血がおこると、そのままでは循環血液量が減少しま す。生体はこれを補うために体中の組織の中にある体液(細胞外液、細胞間液、あるいは組織間液ともいいます)を素早く血管の中に移動させて、循環血液量を一定に保つようにします。すなわち、急性の出血でまず変化がおきるのは、細胞外液の血管内への移動です。結果として、細胞外液の不足が生じます。通常は循環血液量の20%ぐらいの出血(この方では900mlぐらいまで)があれば、まず細胞外液の補充を行うべきとい うのが、一般的な考え方です。細胞外液は、蛋白濃度が低いのを別にすれば、血漿とよく似た電解質の組成をしています。従って、細胞外液の組成に近い輸液、すなわち乳酸リンゲル液(ラクテック、ハルトマン、ソルラクトなど)が輸液すべき電解質液になります。ソリタT3号は維持用輸液で、NaやClの濃度が組織間液(あるいは血漿)のNa、Clの濃度に比べて大分低く抑えられています。急性出血に際してはやはり乳酸リンゲルが第一選択だと思います。代用血漿剤(低分子デキストラン、ヘスパンダー)、等張アルブミン製剤(PPF)なども併用されますが、欠乏している細胞外液を補充する作用はなく、状況によっては細胞外液を更に血管内に移動させるので、基本は十分な量の乳酸リンゲル液の輸液と考えます。通常は出血量の2〜3倍、の量を輸液します。その理由は、7〜8割が血管外に移行するからです。

<大量出血に際して>
 循環血液量の30〜40%の出血(この方では1400〜1800ml)の出血があるとき、ヘモ グロビンの低下を無視できなくなってきます。ヘモグロビンは酸素を運搬しますので、体中の組織へ十分に酸素を供給できなくなってきます。心臓は心拍数を増加させて心拍出量を増加して対応しますが、心筋自体の酸素消費量が増加し、やがては心不全の可能性が生じます。低体温では基礎酸素消費量が低下しますので、低体温麻酔では耐えられるかも知れませんが、通常の手術ではかなり苦しくなってきます。このレベルでは、通常医師は赤血球輸血を考慮します。
 ご質問の2500mlの出血は、循環血液量の50%以上にあたります。一般に循環血液量の40% 以上の出血があると、血液中の蛋白(アルブミン)の減少が無視できなくなってきます。アルブミンは血液の中で最も多い蛋白で、血漿浸透圧を保持するのに重要な役割を担っています。アルブミンの低下は、血管内の体液の組織中への移行を招き、血圧の低下や組織での血流の低下、さらには腎不全や肺水腫などの生命を脅かす危険も招きます。従って、循環血液量の40%を超す出血では、電解質液(乳酸リンゲル)、赤血球輸血に加えて、アルブミン製剤の点滴も必要になります。
 更に大量の出血(循環血液量の90%以上)があると、血小板の減少や血液凝固因子の低下のため出血が止まりにくくなってきます。このレベルでは、血小板輸血、新鮮凍結血漿による凝固因子の補充が必要になります。

<結論>
 通常の考え方からは上記の通りで、循環血液量の50%を上回る出血をソリタT3号だけで切り抜けるの は簡単ではないと考えます。細胞外液の組成に近い乳酸リンゲル点滴と、アルブミン製剤の点滴で、状況によっては輸血なしで頑張れる可能性もあるかも知れません。しかし、輸血しない場合のリスクが、輸血のリスクを大きく上回ると考えます。



<質問11> 不規則性抗体はいつ測定したらいいですか?

 不規則性抗体の測定するタイミングが 今一歩解らないのですが教えていただきたいです。
 一応、当院の方向性としては大量輸血の既往、血液疾患の有無で不規則性抗体の測定 をやった方がよいのではないかと言う観点で、行っております。過去に何例か不規則性抗体のため輸血が遅れた経験が有り、何をポイントに調べたらいいか、いまだにつかめない状態です。

<回答>

 ご存じの通り、不規則性抗体の多くは免疫抗体で、「免疫の機会の有無」と「抗体 ができるまでのタイムラグ」を考慮してタイミングを決定すればよいと思います。一回でも他人の血液を輸血しますとそれが免疫の機会になりますので、新たに不規則性抗体が出現するとすれば、早くて2週間、通常は4〜8週間ぐらいで出現すると考えられます。従って、不規則性抗体をチェックするタイミングは、以下のようになると考 えます。

(1) 初めて輸血を予定した人はその時点で。
(2) 一度でも輸血をしており、その後不規則性抗体を調べていないのであれば、次の輸血を予定した時点で。
(3) 繰り返し輸血をしている方では、最低月一度(できれば2週間に一度、ただし保険上は(月1回、または頻回に輸血を行う(週1回以上、該当月で3週間以上にわたり行われるもの)場合は1週間に1回認められる)月1回しか認められておりません)。
(3) 女性の場合は妊娠も免疫の機会になりますので、妊娠も輸血の機会と同じと考えて考慮する。

 なお、(1)は自然抗体として存在する不規則性抗体もありますし、輸血する本人の記憶が間違っていることもあるでしょうから、初回輸血でも調べ ておくべきという考えです。



<質問12> 輸血で癌になりますか?

 私と同じ病気(重症筋無力症)の友人が、最近11回目の胸腺腫瘍摘出手術を行いました。経過は順調とのことでしたが、術後すぐに全身にじんましんが出てそれが苦しいとのことでした。それでも元気な様子だったので安心していたのですが、先月突然亡くなったとの報告を受けてしまったのです。医者の話では輸血が原因で血液の癌になったと報告を受けたと家族の方は話していたのですが、そんなことがあるのでしょうか。

<回答>

<輸血が原因で癌になることは?>
 輸血用血液の中には白血球が含まれています。この白血球が輸血を受けた人の免疫力を弱め、もともと癌のあった人の病気が進行したり、あるいは新たに発癌の遠因になったのではないか、ということはあることはあります。逆に、輸血された血液の中の白血球が、輸血を受けた人が持っている癌細胞を攻撃して癌が縮小したり治ったりする、という話もあることはあります。いずれも偶発的に発生するケースです。医学的に確立した学説というよりは、「まれに観察されることもある事実」ぐらいに受けとめて下さい。輸血の量や回数が多くなると、癌の発生率が上昇するというわけでもありません。

<ご友人の死因に関して>
 経過が急であること、「じんましん」かどうか知りませんが皮疹がでていたこと、 輸血との関連性が疑われていること、これらからは輸血後GVHD(移植片対宿主病)が私の念頭に浮かびます。この疾患については、当ホームページの「輸血後GVHDと放射線照射ガイドライン」の項をご覧下さい。おさえておきたい点は、(1)白血球や血小板が減っていたかどうか、(2)発熱があったかどうか、(3)紅斑(じんましんとは見た目にも異なります)が出ていたかどうか、(4)肝機能異常があったかどうか、です。この4つがそろえば、輸血後GVHDが極めて疑わしいでしょう。
 輸血後GVHDは輸血の「副作用」の中で、もっとも重いものです。1996年4月、厚生省の指導で日本赤十字センターより「緊急安全性情報」が発表され、マスコミでも話題になりました。その情報が配布されたにもかかわらず、その後も輸血後GVHDがまだ発症しているということで、同年秋に「緊急安全性情報No.2」が出されました。この「輸血副作用」は、輸血する血液製剤に放射線をあてることで、ほぼ100%予防できます。

<念のため>
 具体的な事実をあなたご自身が把握されておられませんし、私もそれ以上に 事実を知る術もありません。事実に基づかない上記の推論は、単なる「感想」あるいは「空想」です。最低限上記の4点に関するデータをきちんと確認しないと、輸血後GVHDかどうか言及するのは控えたほうがいいでしょう。



<質問13> 年間の献血者の数は?

 年間の献血者の数、輸血を受ける人の数はどのくらいでしょうか?

<回答>

 現在日本の献血者の数は年間のべ600万人で、単位数にすると年間1800万単位の献 血が行われています。輸血を受ける人の数は年間約160万人です。福井県では約4万3 千人が献血し、そのうち400ml献血が45%、200ml献血が38%、残り17%が成分献血です (平成7年度統計)。福井県の人口が80万人で日本人口の約0.7%、献血者数も全国の 献血者の約0.7%、人口比に見合っています。



<質問14> 輸血後GVHDの発症頻度は?

 輸血で最もこわい副作用は輸血後GVHDと聞きます。そのの発生頻度はどのくらいでしょうか?

<回答>

 輸血との因果関係をDNAレベルで証明できた症例は、1993〜1995年の3年間で29例で す(1996年4月、日本赤十字血液センター「輸血後GVHDに関する緊急安全性情報」より)。輸血を受けた16万人に1人の割合で発症したことになり、その全員が死亡している最も重篤な輸血の副作用です。これらはいずれも放射線照射をしていない輸血用血液製 剤で発生しました。一定量(15〜50Gy)の放射線照射を輸血用血液製剤に照射すすれ ば、輸血後GVHDはほぼ完全に予防できます。血液製剤に放射線照射を行う重要性は、この点にあります。にもかかわらず、上記「緊急安全性情報」がでた1996年4月以降も9例の輸血後GVHDによる死亡者の報告があり(うち2例は「緊急安全性情報」配布以前に輸血)、同年12月に改めて「緊急安全性情報2」が配布され、注意が喚起されました。



<質問15> 輸血後肝炎の発生頻度は?

 輸血後肝炎はどのくらいの頻度で発生するのでしょうか?

<回答>

 平成5年に日本血液センターに医療情報部が設置され、医療機関からの報告による 輸血副作用の集計を行っています。医療機関からの報告によりますと、輸血後肝炎(感染も含む)は1994年48例、1995年70例、1996年74例、となっております。しかし、献血者や受血者の追跡調査が困難な例が多く、因果関係が明確になったものは少数です。例えば、B型肝炎で輸血との因果関係が高いと考えられたものは年間に1例のみ (輸血を受けた159万人に1人の発生)、C型肝炎では3年間で1例(477万人に1人)という発生頻度です(日本赤十字社「輸血情報No.9705-37」より)。ただし、これらは 医療機関からの副作用報告を集計しているので、報告されていないものもあると考えるのが妥当でしょう。医療機関からの輸血副作用に関する報告が広く行き渡れば、副作用報告数一定の数値で落ちつくと思いますが、現在のところ副作用報告数はまだ増加の途上にあります。前述の輸血後肝炎に関する頻度推定は、現時点での推計値より もより正確なものへと今後変わっていくことが予想されます。