氏名  概要 
村瀬 一之   痛覚過敏時には、脊髄後角内のニューロンおよびグリア細胞がさまざまな可塑的変化を示すと考えられている。本研究では、痛感過敏モデル動物を用いて脊髄後角におけるグリア細胞の形態および数の変化、神経興奮へのグリア細胞の作用、グリア細胞の活動性の変化について、特にグリア細胞に存在するP2X受容体の1つであるP2X4受容体に注目して実験を行った。実験の結果、グリア細胞で形態の肥大化、数の増加が見られた。また、ノーマルラットに比べて、 P2X4受容体を介したカルシウムシグナルがより多くのグリア細胞で見られ、より活性化されていることがわかった。また、グリア細胞の活動の抑制や P2X4受容体の阻害は、神経興奮を減少させた。これらの結果は、痛覚過敏が脊髄後角内のグリア細胞にP2X4を介した可塑的変化が起き、その変化が神経興奮を促進させるために起こることを示唆する。
川戸 栄   非線形(多光子)顕微鏡は、生体深部を生きたままの状態で細胞レベルの空間分解能で実時間に観測可能な装置であり、脳機能ネットワークの研究に重要な装置のひとつである。非線形顕微鏡の光源には超短パルスレーザーが必要とされるが、従来の光源である超短パルスチタンサファイアレーザーが非常に高価なために普及があまり進んでいない。このため、低コスト化が容易なレーザーダイオード励起技術を用いた超短パルスレーザーの研究開発及び施策を行っている。今年度は、超短パルスレーザーの要素技術の研究と連続波レーザーの試作を行った。 
佐藤 真   大脳皮質の形成・発達過程の分子・細胞レベルでの解明は、脳機能異常を伴う諸疾患の根本的な原因究明とその治療に結び付き、また「教育」を科学的に解明しうる糸口としても大いに注目を浴びている。しかし現時点でも、その多くの過程は明らかとなっていない。そこで、3年計画にて大脳皮質の形成・発達に関わる機構のなかで、細胞移動、軸索伸長に伴う回路形成、さらにはシナプス・スパイン形成の諸過程を分子・細胞レベルで解明することをもくてきとし本研究を実施する。研究所年度の本年は、細胞移動に係わる分子機構の一つを明らかにするとともに、軸索伸長を分子レベルで検討する系の開発、さらにはスパイン形成、機能成熟に関わる新たな分子機構を明らかとした。 
黒田 一樹    細胞形質転換による抑制系神経細胞の作成法の確立
 大脳皮質には主に興奮性神経細胞と抑制性神経細胞が存在する。抑制性神経細胞は、興奮性神経細胞とは異なり多型であり、これらは異なる転写因子の発現により制御されている。この抑制性神経細胞を難治性転換の治療に用いる事を考え、大脳皮質に存在する興奮性神経細胞を局所的に抑制性神経細胞に形質転換させる方法の確立を目指している。今回、マウスの胎児の大脳皮質において、興奮性神経細胞を生み出す神経幹細胞に抑制性神経細胞の発生に関わる転写因子を導入したところ、抑制性神経細胞を生体内で生み出すことに成功した。 
猪口 徳一   本研究では、染色体への遺伝子導入と遺伝子発現誘導系を用いた神経回路研究の新しいアプローチを提案する。神経回路研究はDiI色素トレーサーなどによる解剖学的な理解が進んでいるが、特定神経回路における遺伝子操作は、遺伝子改変動物を用いる以外は、分子生物学的な解析は困難であった。そこでまず、子宮内電気穿孔法を用いて、大脳皮質2/3層の神経細胞より始まる交連線維や5層に細胞体を持つ投射線維への遺伝子導入を確立した。そして次に、トランスポゾンによる染色体組込み能力を備えた、Tet誘導体ノックダウンベクターを構築した。これらの技術は、交連線維や投射線維の発達途中や神経回路構築後に遺伝子の発現制御を可能にし、生体内における軸索伸長、側枝形成やシナプス構築に関与する分子の研究に有用であると考えられる。
村田 哲人   気分障害の治療薬である期分安定薬の作用機序解明を端緒に、気分障害の病態解明を試みた。ラット新鮮脳切片と[F]FDGを用いて代表的な気分安定薬であるリチウムの神経保護効果を検討したところ、リチウムは慢性投与により部位特異的(海馬、前頭皮質、線条体など)に低酸素に対する神経保護効果を発揮した。また、この効果にはglycogen synthase kinase 3β(GSK3β)阻害を契機とする細胞内情報伝達系への影響が重要である可能性が示唆された。そこで、マウスの海馬歯状回におけるGSK3βを阻害したところ、共生水泳試験等における無動時間の短縮から抗うつ様効果が観察された。以上より、気分障害の発症にはGSK3βを介する細胞内情報伝達系の異常が関与する可能性が示唆された。 
岡沢 秀彦   本研究は、ノルエピネフリン・トランスポータ(NET)に結合するPET用分子イメージングプローブを開発することを目的とする。ポジトロン各種としてF-18およびBr-76を選択し、Br-76標識化合物に関しては、医療用小型サイクロトロンによる放射性臭素の製造方法を確立した。F-18標識プローブに関しては、NETへの親和性の高い候補化合物を見いだした。一部の候補化合物で放射性臭素標識を試みたところ標識反応が進行し、このプローブの脳内分布を検討すると、NET発現戸の一致が確認できた。以上より、新規NETイメージングプローブ開発の初期段階は達成できたと考える。 
松村 京子   本研究では次の2つを目的とする。@子どもの発達段階における情動認知能力と表情認知時視線との関係を明らかにすること,A情動認知能力を含めた実行機能の発達を促すGOALSプログラム(Betkowski & Schultz, 2009)の小学1年生日本版の開発を行うことである。平成21年度は、子どもの発達の比較対象として成人64名の情動認知能力,自閉症スペクトラム指数(AQ),表情認知時の視線について検討した。その結果、提示される顔の表出情動が高いほど,AQ傾向が低くなり,AQ下位項目の社会的スキル,注意の切り替え,コミュニケーション,想像力が高くなることが明らかになった。 
齋藤 大輔    児童および成人を対象とした、非侵襲的脳機能画像法を用いた高次脳機能検査 
 近年、幼少期からの発達に伴い獲得していく能力(注意・記憶・社会性など)についての研究が活発に行われている。脳の発達とそれに関わるメカニズムを解明する今回の研究により、健常人の脳の発達や脳機能へ影響を与える様々な要因等を明らかにし、それらの医療や教育への応用をめざす。児童および成人を対象として、非侵襲的脳機能画像法を用いることにより、注意に関わる脳領域の成長とともに起こる変化と、脳機能へのトレーニング効果の検討を行った。まず、大学生を対象として行動実験を行い、注意力を測る実験課題と、その作業課題を決定した。その後、児童を対象として注意力を測るMRI実験を実施し、課題遂行中の脳血流画像と、脳領域の容積の画像、神経走行を調べるための画像を得た。現在、それらのデータ解析を行っているところである。
谷中 久和    反応抑制の神経基盤
 反応抑制とは不適切な運動反応を抑制する機能であり、特に右の前頭前皮質がこの機能に関与することが調べられてきた。ニューロイメージングの先行研究においては研究によって右の前頭前皮質の中でも賦活部位に違いが見られ、頭頂領域や左の前頭領域においてもしばしば活動が報告されてきた。しかし、このような活動の多様性がなぜ起こるのかについてはよくわかっていない。そこで本研究では、負荷に依存して変化する賦活領域を検討することによってこの多様性を説明できるのではないかと考え、反応抑制の負荷を変化させた課題を開発(心理実験、n=25)し、その課題を用いて負荷に依存して活動の大きさが変化する脳領域を同定する(機能的MRI実験、n=9)ところまでを行った。心理実験においては反応刺激の頻度が高い課題ほど大きな誤反応率を示すことを明らかにした。機能的MRI実験では、右の中前頭回において反応抑制に関連した活動を得た。また、反応抑制に関連した活動を示した領域においては負担に依存して活動が大きくなる領域とそうでない領域があることが明らかになった。 
三橋 美典   本研究は、子どもの「こころ」の発達過程や障害特性の解明とその社会的還元をテーマに、脳電位を主な指標とした脳機能と認知機能の関連に関して実験的に検討し、発達障害など発達上の問題を抱えた子どもの支援の方法を実践的に検討することを目的としています。今年度は特に3つのプロジェクト、@学力の基礎となる問題解決能力に関連した推理・判断課程の検討、A社会性の発達の基礎となる比喩・皮肉理解や表情認知能力に関する検討、B研究成果の社会的還元の一環として、発達障害児の支援体制確立に向けた連携システムの開発と試行的運用、を実施し、一定の成果を得ることができました。 
中井 昭夫   子どもの「脳」と「こころ」の発達を考える際、子ども自身の発達はもちろんですが、子どもが養育者へ与える影響や養育者自身の発達変化、またこれらの相互作用を考えることが重要です。近年、さまざまなセンシング技術を用いた行動計測が開発され、その重要性が注目されています。また、特殊な大型機器を必要としない、実際に、医療・療育、保育・教育現場でも実装可能な手法の開発やその応用も重要です。現在、「絵本」というメディアを通じた母子相互作用が、赤ちゃんの認知発達に与える影響を、最新の視線検出器を用いて検討しています。その結果、10か月の乳児では母子相互作用、特に聴覚性共同注意により、絵本への注意が促進・維持される可能性が示唆されました。また、さまざまな講演会などを通じて、赤ちゃんからの「脳」と「こころ」の発達について、これらの成果を含めた最新の知見を分かりやすく、また、脳科学リテラシーをもって子育てをエンパワメントしていくという地域・社会還元も積極的に行っています。 
樋口 隆   摂食量の調節機構をより明らかにする目的で、仔ラットの摂食量調節機構の生後発達を検討した。母乳に依存する状態から離乳までの間に、仔ラットは浸透圧性摂食抑制を示し始める。この間の脳内の変化を調べようとした。また生直後の高い血中レプチンの生理的意義について検討した。その結果、母から離した仔ラットは、恐らく体温の低下のために十分摂食しなかったために、浸透圧性摂食抑制がいつから始まるか、を明らかにできなかった。今後この問題の解決のために保育器を導入する予定である。レプチンの摂食抑制作用を阻止できる、抗レプチン抗体を生直後の仔ラットに投与して、その後の発育、運動量、体重、食物嗜好性を調べた。このラットと対照群に差は見られなかったが、行動上の差異があるので、今後心理学の専門家とこの点を調べる予定である。 
西宗 敦史   新たなアドレナリン受容体結合タンパク質CRELD1(Cystein-Rich Epidermal Growth Factor-Like Domain 1)について、以下の結果を得た。(1)CRELD1は脳に普遍的に発現しており、転写産物はpan-neuronalな局在を示した。(2)CRELD1はα1Aとの共発現により、α1A受容体の細胞膜への発現を抑制した。(3)CRELD1は全てのアドレナリン受容体、ドパミン受容体を含む多くのGPCRsと結合を示した。(4)β1受容体に対しても共発現による細胞膜発現抑制効果を示した。(5)CRELD1の特異抗体を作製し、ラット脳の膜画分でシグナルを得た。以上より、CRELD1は多くのGPCRsに対し共通の膜発現調節機構として働いている可能性が示唆された。