感染症 

A. 概念

 血液疾患に合併する感染症は、元来宿主がcompromised hostであることが多く、一般外来で診る感染症とはその特徴が異なることを認識しなければならない。感染を疑う、最も重要な指標は発熱である。その他、血沈の亢進、CRPの陽性化もよい指標となりうる。またこれらは、感染症の治癒判定にも有用な判断材料となる。

 

A-1. 日和見感染

 compromised hostに発症する感染を日和見感染(opportunistic infection)といい、弱毒性の微生物が原因となる。化学療法・抗菌薬療法の進歩などに見る医療水準の上昇にともなって、寿命の延長がみられるのと同時にcompromised hostが増加しているのも事実である。また最近では各種カテーテルの長期留置による感染症も問題となっている。

 

A-2. 免疫不全と感染微生物との関連

 造血器悪性腫瘍患者は、白血球の実数や機能の異常を伴い感染防御能に欠陥が認められる。さらにこれらの患者が一端寛解に導入された後にも、その後に施行する化学療法直後の白血球減少(nadir)に伴う感染防御能の低下が認められる。とくにグラム陰性桿菌による敗血症はエンドトキシンショックを引き起こして重篤となることが多い。

  1. 好中球減少の時
     細菌(E. Coli, Klebsiella, Pseudomonas etc.)、真菌(Aspergillus, Mucor etc.)が感染しやすい。
  2. 細胞性免疫不全の時
     細菌(Listeria, Salmonella, 抗酸菌, Nocardia, Legionella etc.)の細胞内寄生菌、真菌(Candida, Cryptococcus)、ウイルス(単純疱疹または水痘・帯状疱疹ウイルス、サイトメガロウイルス、EBウイルスなどのヘルペスウイルス)、原虫(Pneumocystis, Toxoplasma, Cryptosporidium etc.)およびHV糞線虫)が多い。
  3. 液性免疫不全の時
     肺炎球菌やインフルエンザ菌などの夾膜保有菌の感染が多い。

 

B. 検査

B-1. 日和見感染の微生物学的検査における注意点

 日和見感染の代表的病型は敗血症と肺炎であるが、免疫不全のため炎症巣を形成し難く、感染の存在に気づきにくいばかりか、感染の進行は極めて速く、放置すれば高率に致死的経過をたどる。免疫不全が高度であれば、複数の病原体による同時感染もまれではない。そのため、compromised hostの感染症検査では、これらの点に留意した広範囲かつ迅速な微生物学的検査が必要である。また体内常在微生物の感染が多いので、原因病原体の決定は慎重を期する必要がある。

 

B-2. compromised hostの感染症の実際

 これまでの当科臨床症例の検討と同様、全国的な検討においてもcompromised hostにおける発熱の診断は6割程度が「敗血症の疑い」となる。これは原因病巣の不明な例やいかなる微生物学的な検索を行っても起炎菌が同定できない例が多いことを意味している。

 

B-3. 診断の手順

  1. compromised hostにおいて発熱を生じ、細菌感染症を考慮した時、その起炎菌および感染巣は極めて判別し難いが、胸部X-P撮影の他、喀痰・咽頭・尿・便さらに、血液(その他、胸水・髄液・排膿液等も含む)の塗沫、細胞診、培養検査を行うことが必要。場合によっては、結核菌に関しても検索する必要がある。血液培養は、抗生剤投与前に、2-3箇所(2-3回)で(動、静脈どちらでもよい)行い、敗血症の診断に用いる。時に臓器膿瘍が原因であることもあり、腹部CTならびにエコーによる画像診断も適宜行うべきである。
  2. 抗生剤投与後にも、適宜培養検査を行う。抗生剤の変更を考慮する時にも、前項と同様の検索を行う。
  3. 長期にわたるカテーテル留置(IVH, balloon etc.)が、感染のfocusになっている可能性がある時には、カテーテルを抜去し、そのカテ先を必ず培養する。必要でない場合は、カテーテルの再挿入はひかえる。
  4. 培養検査の結果は、たとえ陰性であってもカルテに貼付する。
  5. 真菌感染症を疑うときには、抗真菌剤投与前に血清を分離し、CAND-TEC(当科:病棟伝票を書いてDr 細菌検査室:基本的には水曜日 血清で約3 mlあればよい)ならびに、ファンギテック外注 (β-glucan freeのスピッツに、血液を採取する)を調べる。さらに効果判定時にも同項目に関し調べる。CAND-TECはCandidaに関する情報しか得られないのでその他の真菌(Aspergillus, Cryptococcus)感染の可能性を考慮したときには各種抗原検索(外注)を行う。
  6. 患者に対しては、敗血症の疑いがあり、血液培養等、採血が増えることをあらかじめ説明しておく。
  7. 経過中、炎症反応の推移に注意し効果判定の参考にする。(ex. CRP, ESR, WBC etc.)
  8. 顆粒球減少を呈している症例、あるいは呈する恐れのある症例には治療前と、できれば毎週1-2回定期的に身体各部、特に咽頭、便、(尿)の監視培養を施行する。(治療前の細菌叢と比較検討でき、菌交代現象を早期にとらえることが可能になる。)
  9. 緊急時の培養検査検体(時間外)は、検査部(細菌室)の当直に連絡の上、検査部に持っていく。また急がなければ月曜日まで保管可能。保存方法は以下の通り。
    • 血液培養検体は採血後、室温に置く(冷蔵庫は厳禁)。
    • その他の検体は冷蔵庫。
    • 乾燥のおそれのあるものは(喀痰など)は、容器をテープなどで密封しておく。
  10. 培養方法(容器について)
    • 血液:イソジン消毒後採血し、嫌気性(オレンジ色)、好気性(緑色)のカルチャーボトルに入れる。動脈血、静脈血はどちらでもよく、採血回数を頻回にする方が望ましい。血液量は1本のボトルにつき約7 ml入れる(ボトルに横線が引いてあるところまで入れると7 mlになる)。嫌気性菌用ボトルには空気が入らないように注意する。(嫌気性から入れると空気が入りにくい)
    • 骨髄液:一般細菌→カルチャーボトル、結核菌→滅菌スピッツ
    • 胸水・腹水:滅菌スピッツ(尿と同じ扱い)
    • 髄液:滅菌スピッツ、保存は室温でよい。カルチャーボトルはだめ。

     

B-4. カテーテル菌血症について

 他に明らかな感染源がなく、カテーテル抜去により解熱、あるいはその他の臨床症状が改善した場合をいい、具体的には、

  1. カテーテルの先端培養が陽性でかつ、挿入期間中の血液培養からの検出菌と菌種および感受性が一致するもの。
  2. カテーテルの先端培養が陽性で、抜去後24時間以内に速やかに解熱するもの(血液培養の陽性、陰性は問わない)。
  3. カテーテル刺入部の発赤、熱感などは感染の徴候である。留置期間が長くなると発症しやすいと考えられる。起炎菌はS. epidermidis, S. aureus, Candidaが3大起炎菌と考えられている。

カテーテル菌血症を起こさないためには、刺入部などを清潔に管理することが重要であり、予防となる。(現在週2回ずつイソジン消毒、イソジンゲルを行っている。) 

 

C. 感染予防対策

 血液疾患に伴う感染症は好中球減少という背景に発生することが多いので無菌的管理による予防が重要である。好中球数が500/μl以下になると感染症の発生率が増加し、100/μl以下になると敗血症などの重篤な感染症に陥りやすい。細菌の侵入門戸としては、上気道、消化器粘膜、中心静脈カテーテルなどが重要。また口内炎、肛門周囲炎があると感染症が起こりやすい。ステロイドの長期投与例も感染症が起こりやすい。

  1. 無菌室(Dレベル)あるいは準無菌室(Eレベル)の使用。
  2. 消化管殺菌→通常は白血球数が1,000/μl以下になったら開始する。
  3. 白血球数が1000/μl以下または顆粒球数が500/μl以下の時
  4. プロトコールは一定ではなく変更されるので確認しておくこと。
    《注意点》
    • 治療後、37.5℃以上の発熱あるいはCRPの上昇があった場合は、速やかに広域抗生物質を使用する。
    • できるだけ同じ症例で同じ予防薬の連続投与は避ける。
    • 必ず、週1-2回は監視培養を行う(尿便、咽頭、咳症)。発熱時には血培養培も含め培養検査を随時追加する。イソジン含そうを行う。 
  5. 清潔操作(手洗い、マスクなど)などの徹底。
  6. G-CSFの投与:好中球減少の対策として、G-CSFの投与が有効であると考えられている。ただし急性骨髄性白血病においては芽球の増殖を促すことがあるので注意を要する。
    G-CSFは保険適用に差があるので注意を要す。
    • グラン:急性白血病,ノイトロジン:急性リンパ性および非リンパ性白血病
    • ノイアップ:小児急性リンパ性白血病
    • 悪性リンパ腫はいずれも可, MMはいずれも不可(保険病名が必要)
  7. 食事は潰瘍食FまたはGでコメントで生物禁を選択する。
  8. 白血球減少後37.5℃以上の発熱を認めた場合血液培養を含む培養検査を行い抗生剤を投与する。3−4日で効果無い場合や下熱後の再増悪時には抗生剤の追加変更を行う。(あらかじめ十分量の抗生剤で開始し、効果不良時の変更は抗生剤の増量は行わず追加または変更が望ましい。)
  9. 抗生剤の皮内反応は少し多めに行いカルテに記載しておく。(※ 一度投与して安全と思われる抗生剤も前回投与から期間が2週間開いている時は皮内反応の再検が必要。)
  10. 予防投与にニューキノロンを使用していた場合は解熱剤と併用できないのでニューキノロンを中止する。
  11. 肛門周囲膿瘍がおこるときわめて予後不良で時に致死的、少なくとも予後を大きく悪化させる。その予防のため、ウォシュレット、座浴(ヒビテン浴)を行う。また硬便になるらないように注意する必要がある。
  12. 早期(できれば治療開始前)に歯科受診し、focusの有無を確認しておく。

 

D. 治療

D-1. Empiric therapy

 病原体の検査結果が得られるまでの初期治療は経験的に最も有効な抗生物質の投与が必要となる。この際薬剤の抗菌力の強弱、病巣移行性の良否や副作用なども考慮しなければならない。また検査結果が判明した時点で治療を修正する必要がある場合もある。以下、empiric therapyに関する基本的な考え方を示す。

  1. ブロードスペクトラム(広域性)の薬剤選択:グラム陽性菌、グラム陰性菌をカバーする薬剤を選ぶ。
  2. 殺菌的抗菌作用を持つ薬剤の選択:好中球が少ない時は、静菌的なものより殺菌的な薬剤の方が有利である。
  3. 多剤併用を考慮:患者の全身状態が悪く、生命の危険が心配される場合は、可能性のある病原体をカバーすべく複数の薬剤を用いる。
  4. 投与量について:好中球減少症に伴う重症感染症の場合は、通常量では効果が現れないことがあるので、年齢や臓器障害を考慮したうえでその最大量を使用する。
  5. 薬剤の変更・追加:臨床経過より起炎菌を推定し、適宜、抗生剤の種類の変更、抗真菌剤の追加、場合によっては他の病原体(ウイルス、原虫)に対する薬剤の追加、G-CSFの併用等を考える必要がある。この際、同時に多剤(抗生剤と抗真菌剤など)を変更することは、各薬剤の効果判定を難しくするのでできるだけ避ける。
  6. 薬剤感受性試験は伝票の結果以外のものも施行されていることがあり、必要あれば細菌検査室へ問い合わせる。

 

D-2. 具体的な抗生物質の使用例

  1. セフェム系抗生物質:グラム陰性菌を第一に考え、グラム陽性菌にもスペクトラムが及ぶように、第1世代のセフェムにペニシリン系薬剤や、アミノグリコシドを加える方法が優れている。
  2. ペニシリン系抗生物質:セフェム系を中心にしたのと同じ考え方で、抗緑膿菌作用のある広域ペニシリンを中心に投与する方法もある。
  3. カルバベネム系抗生物質:バランスがとれていて使いやすい。
  4. アミノ配糖体:緑膿菌対策。
  5. その他:クリンダマイシンやミノサイクリンを加えることによって嫌気性菌をカバーできる。

 

D-3. 起炎菌からみた抗生物質の選択

  1. グラム陽性菌
    • ブドウ球菌(MSSA)…広域ペニシリン、カルバペネム、第1,2世代セフェム。
    • MRSA…VCM(1回0.5g、1日4回、1時間かけて6時間毎に点滴静中。血中濃度の測定を行うのが望ましい。)
  2. グラム陰性菌
    • 大腸菌…カルバペネム、第2,3世代セフェム。
    • 緑膿菌…第1選択薬:抗緑膿菌ペニシリン(TIPC、PIPC)、カルバペネム、第3世代セフェム(CAZ,CPZ)など。第2選択薬:アミノ配糖体、ニューキノロン、
    • セラチア…カルバペネム、第3世代セフェム(CAZ,CTRX)。
  3. 嫌気性菌
    • ペプトコックス…広域ペニシリン、第1〜3世代セフェム、CLDM、LCM。
    • バクテロイデス…βラクタマーゼ阻害剤配合ペニシリン、カルバペネム、CLDM。
    • クロストリジウム…広域ペニシリン、カルバペネム、マクロライド、VCM。
  4. 結核菌…INH, RFP, EB, SMのうちINH, RFPを含む3者併用。
  5. レジオネラ…マクロライド、RFP、テトラサイクリン、ニューキノロン。
  6. 真菌
    • カンジダ…フルコナゾール、アンホテリシンB。
    • アスペルギルス…アンホテリシンB、5-FC、イトラコナゾール。
    • クリプトコッカス…フルコナゾール、アンホテリミシンB、5-FC。
  7. 原虫
    • ニューモシスチス・カリニ…ST合剤・ペンタミジン。
    • アメーバ赤痢…パロモマイシン、メトロニダゾール。

 

D-4. 投与期間と効果の判定

  1. 投与抗生剤が有効であるか無効であるかの判定の指標の第1は解熱の有無である。白血球数の正常化、CRP値および赤沈値の改善も重要であるが、基礎疾患に影響されこれらの検査成績は必ずしも好転しないことも多い。
  2. 抗生剤を有効と判定した場合、完全解熱後数日抗生剤を投与する。ただし明らかに好中球が正常化していれば1-2日後に中止してもよい。
  3. 抗生剤の投与開始後3-4日を経過しても解熱傾向が得られないときは無効と判定する。ただし、生命の危機を伴う重症時は、1-2日で薬剤を追加するか、変更すべきである。
  4. 解熱傾向は得られるが効果不十分のときは、抗生剤の増量あるいは他の薬剤の併用投与を考慮する。

 

D-5. 腎障害時の抗菌剤使用方法

  1. 常用使用量でよいもの----マクロライド系薬剤、クリンダマイシン、ドキシサイクリン、ミノサイクリン。
  2. 中等度以上の腎機能障害時に使用量を調整するもの----β-ラクタム系薬剤、ニューキノロン、リンコマイシン、ニューマクロライド薬。
  3. 使用量を腎機能に応じて厳重に調整する必要のあるもの----アミノ配糖体、バンコマイシン。アミノ配糖体は腎機能正常でも点滴に要する時間に注意が必要