研 究 室 概 要


 当研究室は平成12年3月の前任教授の退官に伴い、横田が同年9月に赴任して再スタートを切りました。現在の教室員の構成は教授1、助教授1、助手2、ポスドク1、医員1、大学院生5、協力研究員1、技官1、実験補助2、学部学生4の合計19人で研究を行っています。学部学生の教育では生化学の講義と実習、基礎免疫学の講義を担当しています。

研 究 内 容


細胞の分化と増殖の制御機構に関する分子生物学的研究


 私たちの体は、一個の受精卵から始まります。たった一個の受精卵から個体を作るためには、膨大な数の細胞分裂が不可欠であり、一方で極めて多くの種類の細胞を産み出さねばなりません。また、私たちの体が正しく作られるためには、細胞増殖と細胞分化が巧妙に調節されながら進行していく必要があります。これがどのような機構によって統合的に制御されているのかを知ることが私たちの研究室の目標です。目的達成のためのツールとして分化抑制因子Id2を選定し、その遺伝子欠損マウスの病態解析を中心にして研究を行っています。
 Id2は哺乳動物において4種類同定されている分化抑制因子(Id1 〜 Id4)の一つであり、細胞分化に重要な役割を果たすbasic helix-loop-helix(bHLH)モチーフを持つ転写因子(例:MyoD、neurogeninなど)の機能阻害因子です。bHLH 型転写因子はふつう組織特異性なく発現している、いわゆる E 蛋白質とよばれるタイプの bHLH 型転写因子と組織特異的に発現(筋肉、神経などに特異的に発現)するタイプの bHLH 型転写因子が HLH 領域を介して二量体を形成して始めて転写因子として活性を持ち DNA に結合できます。分化抑制因子 Id は HLH モチーフを持ち、bHLH 型転写因子と二量体を形成しますが、DNA への結合に必要な塩基性アミノ酸に富む basic region がないため、Id を含む二量体は DNA に結合できません。Id と E 蛋白質の結合能は高く、Id の共存下では組織特異的な bHLH 型転写因子と E 蛋白質が機能的な二量体を形成できなくなってしまい、結果的に組織特異的な bHLH 型転写因子が関わる細胞分化が阻害されることになります。


 こうした Id の細胞分化抑制効果は、筋肉細胞、赤血球、顆粒球、T細胞、B細胞、脂肪細胞、乳腺細胞、神経細胞や骨細胞の分化モデル系において認められます。また一方で Id は、組織の修復過程や血清刺激による増殖刺激によって発現が誘導される遺伝子でもあり、培養細胞に過剰発現させると細胞増殖を促進する、あるいは状況によっては細胞死を招来する活性を持つことも知られています。この活性の分子基盤はまだ確定していませんが、細胞周期を阻止する機能を持つ cdk インヒビターの発現抑制、癌抑制因子である Rb蛋白質の機能抑制などの説があります。また最近、Id2 が癌遺伝子である Myc の直接の下流遺伝子であることが明らかになり、Id が持つ細胞増殖促進作用に関心が高まっています。このように、分化抑制因子Idは細胞の分化と増殖に関わる機能を併せ持っており、私たちの体がどのようにして形成されてくるかを明らかにする上で、重要な意味を持つ因子であると私たちは考えています。また、発癌機構を考える上でも重要な遺伝子です。
 Id2 欠損マウスにみられる病態は以下のように極めて多彩で多岐にわたっています。

・リンパ節とパイエル板の欠損  ・NK 細胞の分化障害
・高 IgE 血症  ・T 細胞のサブクラスの分化異常
・乳汁分泌不全  ・骨形成障害  ・腸管の形成異常
・行動異常  ・精子形成障害  ・成長障害


 共同研究(現在30件あまりの共同研究が進行中)で得られた成果も含め、それぞれの病態解析から得られた結果を総合し、その共通点と相違点を明らかにしたうえで、互いの系を用いながら検証することで、Id2 が生体内で担う役割を詳細に明らかにしていきたいと考えています。そして、最終的に細胞の分化と増殖がどのように制御されているのかを明らかにすることを目指しています。


現在私たちの研究室で特に精力を注いでいるプロジェクトは以下のものです。
1)ナチュラル・キラー(NK)細胞の分化に関する研究
 Id2 欠損マウスには NK 細胞の著明な分化障害がみられ、正常の約10% 程度の NK 細胞しか存在しません。胎仔胸腺においてNK細胞の前駆細胞を豊富に含む細胞集団もNK細胞もほとんど検出できません。胎仔胸腺を用いた単一細胞レベルでの解析で、NK細胞の運命決定にId2が深く関わっていることを明らかにしました。現在、レトロウイルスを用いてレスキュー実験を行い、NK 細胞の分化にかかわる Id2 の責任領域の同定と、この領域と相互作用を示す分子の探索を行っています。

 



2)乳腺上皮細胞の増殖・分化に関する研究
 Id2 欠損マウスにおいて乳腺自体は正常に形成されるものの、妊娠に伴う乳腺上皮の増殖と分泌腺組織への分化がほとんど認められず、出産した新生仔をケアはするものの乳汁分泌がなく育てられません。Id2 欠損マウスの乳腺では、妊娠初期におけるcdkインヒビターであるp21とp27の発現増加を伴う細胞増殖の抑制と、妊娠後期におけるp53-Bax経路の活性化によるアポトーシスの増加が明らかになっています。Id2 欠損マウスの乳腺における遺伝子発現の解析から、妊娠に伴う乳腺上皮細胞への増殖刺激が細胞内でId2に収斂して、細胞周期の調節に関わっているデータを得ています。乳腺は生体における増殖制御で Id2 が担う役割を解明する上で有用な系であり、他の遺伝子との機能的関係を明らかにするために、種々の遺伝子改変マウスとの交配を行っています。

 



3)中枢神経系に関する研究
 Id2 欠損マウスでは注意障害を始めとした行動異常を認めます。これらの原因を明らかにすべく、詳細な解析を現在行っています。

4)Id2 の発現制御に関わる転写因子に関する研究
 Id2 欠損マウスが示す多彩な病態は、この変異マウスだけに特異的にみられるものではなく、他の遺伝子の欠損マウスなどでもしばしば認められるものです。ノックアウトマウスにおいて同様の病態を示す遺伝子と Id2 がどのような機能的関係にあるのかを明らかにするため、哺乳動物細胞を用いた two-hybrid system による蛋白質相互作用の検討、promoter/enhancer 領域の解析による遺伝的上下関係の検討を行い、個々の病態の分子基盤を明らかにしようとしており、現在いくつかの新たな知見が得られています。

[Id に関する参考文献]
1. Norton,J.D., Deed,R.W., Craggs,G. and Sablitzky,F. : Trends Cell Biol., 8, 58-65, 1998.
2. 横田義史 : 細胞工学, 第19巻, p. 775-781, 2000
3. Yokota, Y.: Id and development. Oncogene, 20: 8290-8298, 2001.
4. Yokota, Y. and Mori, S.: The role of Id family proteins in growth control. J. Cell. Physiol., 190: 21-28, 2002.

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