■研究概要

 当研究室では基礎医学領域の中でも、微生物などの感染による宿主応答機構や、その中核となる免疫応答の詳細な細胞内調節メカニズムについて、我々の専門とする分子生物学的な解析手法を主に用いて研究に取り組んでいます。

 ウイルスとしては、私自身が、卒後より臨床の現場で取り組んできたC型肝炎ウイルスを主に取り扱っています。C型肝炎ウイルスは1989年に発見されて以来、適切な実験系がなかったために研究の進展の遅れがみられていましたが、近年継代可能なキメラウイルス系が確立され、世界各地で精力的な研究が進行中です。当研究室においても最新の実験系を用いて、特に合併症として知られる糖尿病との関連や生体のメカニズムとしてのシグナル伝達機構との関連に重点をおいて研究を進めています。

 一方、免疫応答のシグナル調節メカニズムについては、リンパ球の抗原受容体やFc受容体を介する細胞応答に不可欠である非受容体型チロシンキナーゼSykと、その下流に位置するアダプタータンパク質3BP2の生理的・病理的役割についての解析を行っています。適応免疫の主役であるB細胞や、即時型アレルギー反応を担うマスト細胞を中心に、これらの細胞の増殖・分化・細胞機能におけるそれぞれの役割について研究を進めており、我々のもつ免疫系の正常な調節機構の一端を明らかにするものです。(定 清直)

主要研究テーマ

アダプター蛋白質を介する免疫系受容体のシグナル伝達調節

 アダプタータンパク質はキナーゼなどの酵素とは異なり、触媒部位を持たない。しかし、種々の機能ドメインやキナーゼによるリン酸化を受ける事により、他のタンパク質と複合体を形成することが可能であり、細胞内シグナル伝達をダイナミックに調節している。3BP2の点突然変異はヒトの遺伝病チェルビズムを発症させると考えられており、発現が強く認められるB細胞、マスト細胞、破骨細胞におけるその生理機能が注目されている。

 我々の研究室では3BP2がSykによるチロシンリン酸化を受ける事に注目し、B細胞やマスト細胞における3BP2の生理機能について、主に分子生物学的手法を駆使し解析を行っている。最近では、3BP2がB細胞の活性化を調節している事や、その点突然変異がB細胞受容体シグナルへ及ぼす影響を分子レベルで明かにしてきた(Shukla 2009, Ogi 2011)。現在はプロテオーム解析により同定した3BP2の新規会合分子の機能解析や(Chihara 2011)、B細胞における3BP2の役割について遺伝学的な研究を進めている。このような研究を通して、新たなシグナル伝達機構を解き明かし、その調節を可能にすることで、将来的には免疫アレルギー疾患の病態の理解や治療法の確立に役立てたいと考えている(千原一泰)。

ウイルス感染のシグナル伝達機構

 ウイルス性疾患の病態を理解するには、原因ウイルスの複製機構とウイルス増殖に対する生体側の反応を明らかにする必要がある。本研究室では、肝炎・肝硬変・肝細胞癌の病原体であるC型肝炎ウイルスの複製機構と宿主側の代謝調節機構・自然免疫機構との関係を明らかにすべく研究を行っている。C型肝炎はインスリン抵抗性などの代謝調節異常をしばしば伴うが、そのメカニズムはわかっていない。我々は、ウイルス感染細胞のレベルにおいて代謝調節異常の発端を探ることができるのではないかとの考えのもと、近年開発された感染実験系を用いて研究を進めており、糖尿病の血糖コントロールや内服治療によりHCVの複製が抑制することを見いだした(Nakashima 2011)。また、急性気道感染症の病原体である各種パラミクソウイルス(センダイウイルス、ヒト呼吸器細胞融合性ウイルス、ヒトメタニューモウイルスなど)についても、宿主自然免疫機構との相互作用に関する研究を行っており、ウイルスの複製に付随して発生する分子パターンが宿主自然免疫発動の主要因子であることから、分子パターンの発生と認識に関わるウイルス複製機構の解明に重点を置いている。(竹内健司)。

入局を希望する皆様へ

 近年の臨床研修制度の改訂や、大学における若手教員ポストの削減は、医学部を卒業した学生の都会志向も相まって、基礎医学者を目指す者の数が激減するに至り、今や基礎医学研究者は「絶滅危惧種」扱いという冗談とも言えない状態である。何故だろうか?卒業した若者が一律に臨床医を目指して同じ方向を向いて旅立っていく現状に、我々も医学生対して知的好奇心に十分に答えてきたのかと自問することがある。サイエンスの面白さは一度とりつかれると決して離れられない。残念ながら、その経験をすることなくほとんどの学生は基礎医学のコースを終えていく。未来を担う基礎医学研究者の育成は、我々にとっての大きな課題である。

 研究者の教育の第一歩は、出来るだけ高いレベルの研究室で、教員と問題意識を共有し、一緒に実験に取り組み、結果をディスカッションし、一つのプロジェクトを論文としてまとめ上げることにある。学位を有することがプロの研究者としてのスタートラインであると言われる所以である。すべての大学が旧帝大のような研究を進めるのではなく、我々の大学には我々の道があり、卒業生にとっても本学の研究レベルは決して低くないことを知って欲しい。もちろん、より高い志をもって他大学の大学院に進み、烽火をあげることも是なりと思う。

 今や基礎医学の領域は、微生物なら微生物だけを研究すればよいという時代ではない。どんな領域であっても、分子生物学・免疫学・病理学・解剖学・微生物学の最先端の業績を読み、新しい技術を取り入れ、それを吸収して自分の研究に取り入れていくことが不可欠である。DNAのコンストラクションも作れないのは、臨床医学の現場でサーフロー針を入れることができないのと同じである。私はこれまで多くの研究施設を経験してきたが、本学では既に世界トップジャーナルに研究成果を報告した研究室が複数あり、若手研究者にとっても十分刺激的であることを強調したい。都会の研究室に比べ十分な広さのある実験室があり、さらに他大学にはない支援センターのサポートシステムがある。

 深夜、実験に集中していると、研究室の壁を見ていてふと思うことがある。研究には国境がない。同じ材料と試薬を使えば世界の何処でも同じ結果が得られ、研究成果は世界と共有されたものである。壁の向こうには世界の研究者が大勢いる。明日のライバルが、地球上のどこかで我々の論文を真剣に読んでおり、同じ研究目的を持つ者同士、時空を超えて共有するものがある。後学諸君も、世界を相手に、自分のアイデアをデータとして具現化し、ロジックを鍛え、全世界に向けて福井から情報発信してほしい。

 これらの研究の出発点となったのは、現在の「研究室配属」と同様に、私が医学生時分に基礎医学講座に通ったことである。当時研究を始めた分子は後の「Syk」であり、私の名前も発見の第一報に著者として掲載されている。教育を担当する立場にも立つ今、若手研究者の育成にも十分力を注いでいきたいと考えている。当研究室では、大学院生はもちろん、医学生諸君の研究参加も歓迎する。