癌化学療法


 

I.            抗腫瘍剤

抗腫瘍剤の種類

抗腫瘍剤は作用機序から核酸とくにDNAを標的とする薬剤と、それ以外の薬剤に大別される(表1)。前者は核酸合成過程において前駆物質であるヌクレオチド合成系を阻害する代謝拮抗剤と合成された高分子DNAに作用する薬剤に分類される。さらに代謝拮抗剤は阻害する代謝系によりプリン系代謝拮抗剤、ピリミジン系代謝拮抗剤、葉酸拮抗剤・その他に分かれ、いずれも白血病の治療に欠かせない薬剤である。高分子DNAに作用する薬剤には造血器悪性腫瘍の化学療法において代表的薬剤であるアントラサイクリン系薬剤、アルキル基を細胞のDNA、RNAや蛋白質に導入してその機能を阻害するアルキル化剤などがある。アルキル化剤はリンパ系腫瘍、また最近では造血幹細胞移植の前治療に多用される薬剤である。またその他の薬剤としては分裂毒として働くビンカアルカロイド薬、酵素薬であるl-アスパラギナーゼ、副腎皮質ステロイドなどリンパ系腫瘍に主として用いられる薬剤があげられる。

 

疾患特異的分子標的療法

抗腫瘍剤の標的が腫瘍特異的な分子であれば腫瘍選択性が高まり、重篤な血液毒性をもたらすほど強力な治療でなくても、治癒が期待できる。近年、一部の腫瘍で疾患特異的な治療が開始されている。急性前骨髄球性白血病(APL)に対するトレチノイン(全トランスレチノイン酸)(all-trans retinoic acid, ATRA)は、t(15;17)転座に伴うPML/RARαキメラ遺伝子による顆粒球への分化抑制を解除し、分化誘導をとおして細胞死をもたらす。慢性骨髄性白血病や急性リンパ性白血病でみられるt(9;22)転座に伴うBCR/ABLキメラ遺伝子において、これに対応する変異チロシンキナーゼを特異的に抑制するイマチニブ (STI571)がdrug designにより開発された。またヒト-マウスキメラ型抗体の開発により腫瘍細胞表面に発現している抗原に対するモノクローナル抗体が作成された。リツキシマブはB細胞リンパ腫の細胞表面に高率に存在するCD20抗原に対するモノクローナル抗体で、さらに90yttrium (ibritumomab)、131iodo (tositumomab)を結合させた抗CD20抗体も開発されているが、いずれも抗体が結合した細胞を破壊する。

 

薬剤毒性

抗腫瘍剤は腫瘍細胞と正常細胞との区別ができないため正常細胞にもなんらかの作用を及ぼすので、他の薬剤と異なり常用量においても相当な毒性がある。医薬品が投与された患者に生じた好ましくないあるいは意図しないあらゆる徴候を有害事象(adverse event; AE)と称し、さらに一般的な用量で出現する医薬品との因果関係を否定できない有害事象を薬物有害反応(adverse drug reaction; ADR)といっている。ちなみに薬事法上でADRと同じ意味で使用されている副作用(side effect)という用語は、意図していなかった好ましい反応の場合にも用いられることがあり、学術用語としての使用は奨められない。

抗腫瘍剤を投与した患者には骨髄抑制、悪心、嘔吐などの消化器症状のような一般的にみとめられるADRと、薬剤に特有なADRがみられる(表1)。支持療法の進歩によってADRのコントロールは可能になってきているものの、重篤なADRを未然に防ぐには抗腫瘍剤の毒性の種類と程度を理解し、とくに投与量制限毒性から適切な使用量を心がける必要がある。米国国立癌研究所の共通毒性基準(http://www.jastro.gr.jp/nciframe.htm)は各毒性の程度を理解する上で有用なものである。

抗腫瘍薬は種々の毒性を有するが、その中で投与量を制限せざるを得ないものを投与量制限毒性 (dose-limiting toxicity, DLT)いう。骨髄抑制が一般的であるが、例えばアントラサイクリン系薬剤の心毒性、ビンクリスチンの神経毒性、ブレオマイシンの肺毒性、あるいはシスプラチンの腎毒性など比較的特有なDLTを有する薬剤もある。

 

II.        化学療法の理念と実際

Total cell kill

化学療法はSkipperらが実験白血病モデルで提唱した「治癒を得るために腫瘍細胞を一つも残存させないよう根絶させる」というtotal cell killの概念に基づいて行っている。一般に、腫瘍細胞は発症時には著増しているが、多くの抗腫瘍剤が作用しない休止期(G0期)に入っていることが多く、また正常細胞に比べて増殖速度は遅い。化学療法終了後においては、正常細胞が腫瘍細胞より速やかに増殖するため、休薬期間中に正常細胞が先に回復することより化学療法の腫瘍選択性が生じる。急性白血病を例にとると発症時に体内には1012個程度(重量にして数kg)の腫瘍細胞が存在するとされるが、化学療法により末梢血及び骨髄より白血病細胞量が108個程度(数百mg)、すなわち99.99%の細胞が死滅した状態となる。休薬期間に正常な血液細胞が増加すると、血液検査値も正常に復した完全寛解(complete remission; CR)の状態が得られる。しかし腫瘍細胞は指数関数的に一定の割合で減少する(fractional cell kill hypothesis)ので、total cell killを目指すためには化学療法をさらに繰り返す必要がある(図1)。ここで完全寛解(CR)のための治療を寛解導入療法と、CR到達後に継続して行う腫瘍細胞根絶のための治療を寛解後療法と呼んでいる。さらに急性白血病の場合では、寛解後治療はCRに引き続いて寛解の質を高めるため数コース行う地固め療法と、CRをさらに確固たるものとするために間欠的にある程度骨髄抑制も生じるような強力な治療を行う維持強化療法に分かれる。白血病以外では寛解後療法と一括されるが、維持療法という用語も場合によっては用いられる。

造血器腫瘍の寛解は臨床的に形態学的診断、画像診断により判断している。例えば急性白血病では骨髄中の幼若細胞の割合を用いているが、これではせいぜい102に1個レベルの白血病細胞しか検出できない。近年、bcr/ablのようなキメラ遺伝子や免疫グロブリン重鎖遺伝子のような腫瘍細胞に固有の遺伝子を核酸増幅することにより104〜105に1個レベルで存在している微小残存病変の検出が可能となり、より質の高い寛解を診断できるようになった。この方法で検出できない場合を分子的完全寛解と称している。

多剤併用療法とDose intensity

化学療法で最も懸念される腫瘍の再発や難治性腫瘍の原因となるのは、複数の薬剤に耐性となる細胞の出現であり、その予防ために2種類以上の抗腫瘍剤を併用する多剤併用療法を実施している。多剤併用療法の利点としては、(1)早期にできるだけ多くの非交差耐性薬剤を使用して薬剤耐性細胞のその出現確率を減少できること、(2)併用により単剤では低い奏効率を高くすることができること、(3)各抗腫瘍剤に主たる毒性が異なり、併用により毒性を分散できることがあげられる。 

併用療法では生体がその毒性に耐えうる範囲の最高用量で速やかに使用することが望ましい。その意味で時間の要素を加味して考えられた化学療法の強度の指標dose intensity(Dl)で、単位時間あたりの薬剤投与量と定義される。例えば薬剤の総投与量が同じであっても、週に1度ずつ4回、1か月かけて投与した場合と、月に1度ずつ4回、4か月かけて投与した場合では、前者の治療が強いとされる。治療プロトコールの施行に際して重篤なADRが生じぬ範囲でできる限りDIを下げない努力が必要である。

投与日数、総投与量があらかじめ決まっている多剤併用治療プロトコールのDIは、抗腫瘍剤に対する毒性耐容度に個人較差があるので、大多数の患者の安全性が保たれる範囲に設定され、各患者が最大限耐容できるレベルまでの投与量に個別化して設定されていない。これに反して、わが国で実施されている急性骨髄性白血病の初期治療(寛解導入療法)プロトコールの多くでは、response−oriented individualized therapyと称し、dose-limiting toxicityである血液毒性の重篤化を防ぎつつ最大限の抗腫瘍効果を得るために、抗腫瘍剤の投与期間中に骨髄穿刺を行い、target pointとして設定したレベルまで骨髄有核細胞数を減少させるように治療期間および総投与量を調節している。

 

治療戦略

化学療法の治療目標は原則的に治癒であるが、患者個人における治癒の可能性は病型(細胞組織型、遺伝子型)、や病期などの腫瘍要因と、年齢、全身状態、合併症などの宿主要因より左右される。したがって化学療法を選択するにあたり、患者個人の治癒の可能性や治療の危険性を予測して、個人の治療目標を治癒におくのか、それともQOLの改善を重視した生存の延長におくのか、患者や家族のコンセンサスを得て決定する。なお、造血器腫瘍が治癒可能になってきたとはいえ、これには専門医を中心としたチーム医療が不可欠であり、一般臨床医は造血器腫瘍を疑う患者を診た場合には早めに専門医に紹介すべきである。

一方、血液専門医は研究的意図を持ち、常により有用性の高い治療法を追求することが望ましい。そこで治療法を選択するときには、患者が適格基準を満たしその同意が得られるなら、できる限り質の高い治療研究に登録して治療すべきである (日本成人白血病研究グループ (JALSG); http://miwa.hama-med.ac.jp/jalsg/、日本臨床腫瘍グループ (JCOG); http://jcogweb.res.ncc.go.jp/)。

適格基準を満足しないあるいは同意が得られない患者において、治癒率が少なくとも20%以上であり、有用性や経済性あるいはquality of life (QOL)などから現在ベストであると証明された標準的治療法がある場合にはそれを選択する(Cancer Net; http://cancernet.nci.nih.gov/)。

 

治療法の評価

治療の有効性の評価には腫瘍縮小効果とその期間が尺度となる。腫瘍縮小効果の評価は完全寛解または著効(complete remission or complete response, CR)、部分寛解または有効(partial remission or partial response, PR)、不変 (no change, NC)、増悪 (progressive disease, PD)などに分かれ、急性白血病、悪性リンパ腫、多発性骨髄腫、それぞれ固有の判定基準がある。悪性リンパ腫では、臨床的に完全寛解と思われる状態でも線維化あるいは壊死組織として病変が残存することがあり、3か月間以上縮小・増大しない場合はCR uncertain (CRu)と呼んでCRと同じ扱いをしている。治癒をめざしている患者にとり完全寛解は最初の到達目標であり、CRを長期間続けることが治癒に結びつく次の目標である。

一方、生存期間や累積生存率はプロトコール治療の評価法として最も重要なものである。死亡をイベントとし算出した全生存率 (overall survival, OS)のほか、治療中や治療後の病状の進行、寛解中の再発、死亡をイベントとした非増悪生存率 (progression-free survival, PFS)、完全寛解例を対象とし再発や死亡をイベントとした無病生存率 (disease-free survival, DFS)、あるいは50%生存期間(median survival time, MST)などが指標として用いられる。この場合、全生存例が評価期間を経過した時点で求められた累積生存率(5年生存率など)、あるいは全生存例がMSTを経過しているMSTが確実に信頼できる数字となる。

 

治療の実際

減量(臨床試験の場合はプロトコールに優先的に従う) 

  1. 初回投与量の目安

 Age

PS≦2, T-Bil<1.5かつCr<2

PS≧3, T-Bil≧1.5またはCr≧2

-70
1/1
3/4
70-80
3/4
1/2
80-
1/2

  1. 投与量の調整

  1. 血液学的副作用:下記の場合には以後のADM, CPM投与量を規定の75%に減ずる。

    3日以上続く白血球数 1,000/μl未満、好中球 500/μl未満

    血小板 20,000/μl未満

    敗血症、3日以上持続する38度以上の重篤感染症

    出血症状がみられるとき

  1. 肝機能障害 ADMの投与量を減量する。(1コース毎判定)

 

T-bil
 ADM
<1.2 mg/dl
100%
1.2 - 3.0 mg/dl
50%
  1. 出血性膀胱炎

    Grade 2(肉眼的血尿)以上が出現した場合は、出血性膀胱炎の回復を確認後に、次コースより支持療法を強化した上でCPAの投与量を前回より75%に減量する。

  2. 神経障害
    Grade 2(他覚的な知覚消失あるいは疼痛、脱力、便秘)ではVCR投与量を50%に減量する。
    Grade 3(日常生活に支障をきたす他覚的脱力、知覚異常、腸閉塞)以上では以後のVCRを投与を中止する。
  3. 心障害
不整脈・心欝血・心外膜炎の場合はGrade 2以上でADMを中止する。

心機能(心駆出率)の場合はGrade 3(軽度の心不全症状)で中止する。

  1. 糖尿病、消化性潰瘍
コントロール困難な場合、以後のPDNの投与を中止する

中止基準

  1. Grade 4以上の有害反応がみられた場合。
  2. 原疾患の進行がみられた場合。

治療継続開始基準

  1. 治療当日の白血球数 2,000/μl以上または好中球 1,200/μl以上、リンパ球 1,000/μl以上。
  2. 血小板 75,000/μl以上。
  3. PS; 治療前より同レベル以上で、PSが4でないこと。
  4. GOT,GPT:正常値上限の5倍以下、総ビリルビン<=2.0mg/dl