遺伝子の異常と病気
-物質観に裏打ちされた遺伝概念の増強-
平成15年12月11日、12日、26日にサイエンス・パートナーシップ・プログラム教員研修が生物資源部門とバイオ実験機器部門の共同で開催されました。(研修目的及び日程はこちら)
この研修は福井県内中学校・高等学校 理科・保健担当教員を対象として、病態モデル動物を使い遺伝子の塩基配列解読のための実験(DNA抽出、PCR増幅、シーケンス等)を行い基礎的な遺伝子実験の方法を習得するとともに、病気と遺伝子の関係についての理解を深めることを目的としています。このような実験を中学、高校で行うのは実験装置の不足や安全性の面でなかなか困難な部分もありますが、今回の実習を今後の授業に反映させるため、教育現場において遺伝子実験を実施するための工夫の紹介も行いました。(遠心分離機を使わずにDNA抽出する方法、自動PCR装置を使用せずに手作りPCRで遺伝子増幅する方法等)
今回の研修は2学期末の忙しい中での開催となりましたが、10機関より12名の参加者があり、皆さん熱心に実験を行いました。
実習内容
今回の実習では肥満に関与するレプチン受容体遺伝子の遺伝子解析を行いました。
レプチンというホルモンは食欲の抑制やエネルギー代謝の増大を介して体脂肪量の調節、飢餓への適応をつかさどり、レプチン分泌の低下やレプチン自身の異常により肥満を引き起こしますが、レプチンが結合する受容体(レプチン受容体)の遺伝子に塩基配列の異常があっても肥満を引き起こします。(このほかにもレプチン受容体への到達が悪い、受容体移行のシグナル伝達機構の異常、レプチン分泌作用機構には異常が無いが他の肥満関連遺伝子に異常があるなどの要因があります。)

写真右よりホモ接合体マウス、ヘテロ接合体マウス、正常マウス
1日目
実習「糖尿病モデルマウスの形態観察、血糖値測定等からの遺伝の法則について」
ホモ接合体マウス、ヘテロ接合体マウス、正常マウスの形態の違いを観察した後、マウスの電気抵抗をテスターで測定し、体脂肪量が抵抗値に反映することを検証しました。体脂肪の量の違いは解剖によっても確認できました。また、血糖値測定器により血糖値を測定します。(写真左)
マウスを解剖し目的の臓器(脳、肝臓、腎臓、睾丸)を取り出します。(写真右)
(マウスの取り扱いについては福井大学動物実験指針、動物実験に関係する国の法律(動物の愛護および管理に関する法律)、基準(実験動物の飼養基準、動物の殺処分に関する基準)に従い、マウスに麻酔薬を投与し苦痛をなるべく与えずに行っています。)
2日目
実習「遺伝子の塩基配列解読のための実験」
前日に採取した組織よりDNAを抽出し、PCRによりレプチン受容体遺伝子を増幅します。増幅したDNAをエタノール沈殿により精製し、精製したDNAをテンプレートにしてシーケンス反応を行います。最後にDNAシーケンサー(写真右)にセットして塩基配列を解析します。
3日目
結果のまとめと授業への取組みの工夫
シーケンス結果よりデータの解析を行います。正常マウスでは塩基配列がCであった部分が(図の矢印)ホモ接合体マウス(肥満糖尿病マウス)ではAに変異しています。また、ヘテロ接合体マウスではCとAの波形が2つ重なっており区別が付かないためNとなっています。ヘテロ接合体マウスは染色体の一方が正常で、他は異常配列であることが分かります。

正常マウス

ホモ接合体マウス

ヘテロ接合体マウス
中学・高校においても簡単に遺伝子増幅が出来るように、1)遠心操作を行わずに動物組織からDNAを抽出・精製する方法、2)身近にあるホットプレートや電気ポットを使ってPCRを行う方法、3)発ガン性であるエチジウムブロマイド溶液を使用せずにゲルを染色する方法などが紹介されました。

遠心操作を行わずにDNAを抽出
遠心操作を行わずに抽出したDNA。(チューブの中の繊維状のものがDNAです。)

手作りPCRによる遺伝子増幅
ホットプレートと電気ポットを使用し、3段階の温度を設定すれば高価な自動PCR装置がなくても遺伝子を増幅することが出来ます。右の写真は実際に手作りPCRで増幅したレプチン受容体遺伝子です。
(左よりマーカー、正常、ホモ、ヘテロ)

エチジウムブロマイド溶液を使用せずにゲルを染色
Mupid-Blue(左)やシルバーステインキット(右)を使用して染色したゲル。
最後に「病気と遺伝子」(内科学 宮森教授)、「糖尿病と遺伝」(内科学 笈田講師)の講義を受講し、全日程を終了しました。
研修目的及び日程等
研修目的
- ともすれば概念的理解になりがちな遺伝を司る遺伝子について、情報変換過程での異常が病気の原因になることを理解するため、病態モデル動物を使って遺伝子の異常を実際に解析することにより、基本的な遺伝子実験法(規則がある組換え実験と規則のない遺伝子実験を区別して)習得し、今後の授業に反映する可能性を追求する。
- 研究発表、討論会を通じて 1) 遺伝子実験を高校等で実施するための工夫、2) 医療や医学研究における倫理的側面について理解を深め、今後の授業に反映させる。
研修日程等
12月11日(木)(1日目)
13:00 ~ 14:00 | 開校式・研修日程と目的についてのガイダンス |
---|---|
14:00 ~ 17:00 | 実験実習「糖尿病モデルマウスの形態観察と血糖値測定及び解剖・臓器摘出」 「遺伝の法則のまとめ」 講師 本学 総合実験研究支援センター 助教授 小泉 勤 |
12月12日(金)(2日目)
9:00 ~ 17:00 | 実験実習「遺伝子の塩基配列解読のための実験」 ・マウスの組織からのDNAの抽出 ・PCRによるレプチンレセプター遺伝子増幅 ・電気泳動による確認 ・塩基配列解析 ・DNA繊維の電子顕微鏡観察 ・定量PCRの見学 ・手作りPCR法の実施 講師 本学 総合実験研究支援センター 助教授 松川 茂 |
---|
12月26日(金)(3日目)
13:00 ~ 14:30 | 結果のまとめと授業への取組みの工夫 講師 本学 総合実験研究支援センター 助教授 松川 茂 本学 総合実験研究支援センター 助教授 小泉 勤 |
---|---|
14:40 ~ 15:40 | 講義「病気と遺伝子」 講師 本学 医学部 内科学 教授 宮森 勇 |
15:50 ~ 16:50 | 講義「糖尿病と遺伝」 講師 本学 医学部 内科学 講師 笈田 耕治 |
16:50 | 閉校式 |