イオンチャネルは、あらゆる細胞の細胞膜に普遍的に存在する膜タンパク質であり、生命活動の根幹を支えています。神経細胞における電気信号の発生・伝導や、筋細胞の収縮、ホルモン分泌など、多くの生命現象はイオンチャネルの精密な働きによって成り立っています。私たちが意識的に体を動かせるのも、思考や記憶といった高次機能が営まれるのも、イオンチャネルの活動があってこそです。
当研究室では、イオンチャネルがどのように機能を発現するのか、その分子メカニズムの解明に取り組んでいます。イオンチャネルの構造と機能の関係性を原子・分子レベルで深く理解することは、基礎科学としての知的好奇心を満たすだけでなく、チャネル機能を標的とした新たな創薬開発や、チャネル機能異常に起因する疾患(チャネル病)の病態解明および治療法開発へと繋がる重要なステップです。私たちは、最先端の実験技術を駆使し、イオンチャネル研究のフロンティアを開拓することを目指しています。
主要研究テーマ
研究テーマ①:カリウムチャネルの基本性能とその分子機構
放線菌由来のカリウムチャネルKcsAは、カリウムイオン(K⁺)を選択的に透過させるイオンチャネルであり、その比較的単純な構造から、多くのイオンチャネルの構造・機能研究における原型(プロトタイプ)とされています。私たちは、このKcsAチャネルを主な対象として、イオンチャネルの根幹機能である「イオン選択性」と「ゲート(開閉制御)機構」の分子メカニズム解明を進めています。
通常、細胞膜はイオンの自由な通過を許しませんが、膜に埋め込まれたイオンチャネルが特定のイオンを選択的に透過させる通路となります。この「イオン選択性」と、通路の開閉を制御する「ゲート機構」がチャネル機能の核心です。私たちは、KcsAチャネル内部でK⁺イオンが水分子と交互に並んで通過する様子を実験的に捉え(J. Neurosci. 2011, J. Gen. Physiol. 2010)、透過イオンだけでなく水分子もイオン選択機構に積極的に関与していることを明らかにしました。さらに、ゲート開閉制御には、従来知られていた刺激応答に加え、チャネルを取り巻く細胞膜環境(脂質組成や膜張力など)が重要な役割を果たすことを突き止めました。具体的には、膜中の特定のリン脂質が欠損するとKcsAの活性が失われること(PNAS 2013)、また膜張力が低下すると活性が著しく抑制されること(PNAS 2018, JACS Au 2021, FEBS Lett. 2024)などを実験的に証明しました。現在、これらの知見に基づき、同様の制御機構が他のイオンチャネルにも普遍的に存在するのか、研究を展開しています。
研究テーマ②:アクアポリンの機能調節機構の解明
アクアポリンは、水分子を選択的に透過させる特殊なチャネル(水チャネル)であり、細胞膜を介した水の流れを厳密に制御しています。細胞の体積調節や体液バランス維持に不可欠な分子ですが、その機能調節メカニズムには未解明な点が多く残されています。特に、水の透過は電気信号を伴わないため、イオンチャネル研究で強力なツールとなる電気生理学的手法が適用できず、分子レベルでの機能理解はイオンチャネルに比べて遅れています。
そこで私たちは、水の膜透過を精密に測定・可視化できる独自の実験系を開発し、アクアポリンの機能調節機構に迫っています。従来、アクアポリンによる水輸送は主に細胞膜上のアクアポリン分子数で調節されると考えられてきましたが、私たちはアクアポリン自体にもイオンチャネルのような「ゲート」が存在し、膜脂質や膜張力といった物理化学的刺激によってその開閉が制御されているという新たな仮説を提唱し、現在その実証に取り組んでいます。
研究テーマ③:新しい人工細胞膜実験法の開発
生体膜は、多様な脂質分子から構成される複雑な二重膜であり、その組成や物理的特性(流動性、張力など)は、細胞の種類や場所、時間によってダイナミックに変化します。このような複雑で動的な膜環境がチャネル機能に及ぼす影響を分子レベルで理解するためには、膜の構成要素や物理的特性を精密に制御できる実験系が不可欠です。
この課題に応えるため、私たちは膜の脂質組成や張力を自在に制御し、特定の条件下でチャネル応答を定量的に評価できる人工細胞膜実験系「Contact Bubble Bilayer(CBB)法」を独自に開発しました(Sci. Rep. 2015, J. Vis. Exp. 2019, ACS Nano 2024)。CBB法を用いることで、イオンチャネルと細胞膜(特に膜脂質や膜張力)との間の複雑な相互作用を、より詳細かつ定量的に解析することが可能になりました。現在、この手法を駆使してイオンチャネル研究を推進するとともに、アクアポリンをはじめとする他の膜タンパク質研究への応用も積極的に進めています。